本作の主役たるバロンは、1995年公開の『耳をすませば』に登場したアンティークショップ「地球屋」の置物人形と同一の存在です。正式名称は「フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵」。宮崎駿監督の発案により、『耳をすませば』の主人公・月島雫が書いた物語というスピンオフ的な出自を持って生まれたのが『猫の恩返し』(2002年公開、森田宏幸監督)でした。
身の丈わずか数十センチの猫の人形でありながら、シルクハットにステッキを携え、完璧な英国紳士の立ち振る舞いを見せるバロン。声優を務めた俳優・袴田吉彦による、低音で抑制の効いたノーブルな演技がキャラクターの品格を決定づけました。自分の時間を生きることを忘れ、流されるまま猫の国へ連れ去られそうになる女子高生ハルに対し、彼が放つ名言は20年以上経った今も色褪せません。
「ダメだハル、自分を見失うんじゃない。君は君の時間を生きるんだ」
このセリフに象徴されるように、バロンは単なる恋愛対象としての王子様ではなく、アイデンティティの確立を促す絶対的な精神的支柱として描かれています。巨漢で口の悪い相棒・ムタ(ルナルド・ムーン)やカラスのトトが集う「猫の事務所」のミニチュア的な美しさも相まって、視聴者を非日常の冒険へと引き込みます。