キャスト変更の背景には、大きく分けて「俳優の実情」と「作品トーンの劇的な変化」という2つの明白な要因が存在します。
第一の要因は、『耳をすませば』でバロンを演じた名優・露口茂のキャリア動向です。ドラマ『太陽にほえろ!』の「山さん」役などで知られる露口は、1990年代半ば以降、映像作品への出演を大幅に縮小し、実質的な引退状態に入っていました。2002年の『猫の恩返し』制作時、当時のスタジオジブリ制作陣がアプローチを試みたとしても、すでに第一線を退いていた露口の現場復帰は現実的ではありませんでした。
しかし、より決定的だったのは第二の要因である演技プランの要請です。露口が演じたバロンは、人生の酸いも甘いも噛み分けた初老の英国紳士を思わせる、深みのある低音でした。対して森田宏幸監督が率いた『猫の恩返し』は、上映時間75分という疾走感あふれるスラップスティック・コメディです。女子高生である吉岡ハルが直面する思春期の迷いを、スマートかつ爽やかに導くパートナーとして、当時20代後半だった袴田吉彦の若々しくも端正な声質が合致しました。