山川豊の活動が大きな試練に直面したのは2023年冬のことでした。定期検査で肺に影が見つかり、精密検査の末に下された診断は肺腺がん、進行度はステージ4。脳など他臓器への転移も確認される極めて深刻な事態でした。歌手にとって肺活量の低下や投薬による声帯周囲への影響は、歌唱生命の終わりを意味しかねない致命的なリスクを伴います。
しかし、山川は絶望の底に沈むことを拒みました。医師と綿密な治療計画を組み立て、分子標的治療薬を中心とした先進治療を導入。激しい倦怠感や副作用に苛まれながらも、自宅での発声トレーニングを日課として継続しました。かつてのような爆発的なハイトーンや太いロングトーンが出せない現実を直視しつつ、彼は「息が続く限り、今しか出せない声で歌う」という新たな表現の地平を見出したのです。