歌詞の骨子をなすのは、誰もが一度は感じる「思い通りにいかない日」に対する眼差しです。
晴天が「善」とされ、雨天が「悪」や「不運」とみなされがちな世俗的な価値基準に対して、主人公は疑問を投げかけます。雨を呼んでしまう体質を責めるのではなく、乾いた大地や誰かの渇きを癒やすための役割として捉え直す視点。そこには、自己の欠点やコンプレックスを無理に消し去るのではなく、世界の必然の一部として抱きしめる姿勢が色濃く表れています。
「君が泣いているなら、その涙が雨に紛れるように」という優しさは、後の『天気の子』の劇中歌群(「愛にできることはまだあるかい」「グランドエスケープ」など)に見られる「天候と個人の感情の共鳴」というモチーフの先駆的なプロトタイプとも評せます。野田洋次郎が描く雨は、単なる気象現象ではなく、人間の孤独に寄り添う最大の共鳴板なのです。