荒木村重の妻と竹中半兵衛が守った幼子の正体|見殺し説の真実を徹底追跡

荒木村重の妻と竹中半兵衛が守った幼子の正体|見殺し説の真実を徹底追跡

Uncover the essential facts surrounding 荒木村重の妻と竹中半兵衛が守った幼子の正体|見殺し説の真実を徹底追跡 with our comprehensive overview.

六条河原と七松の虐殺によって荒木一族の血筋は根絶やしにされたかに見えましたが、奇跡的に生き延びた幼子が存在しました。その筆頭が、当時生後わずか数か月(あるいは2歳前後)だった村重の末子、勝千代――後の大絵師・岩佐又兵衛(1578, 1650年)です。

有岡城落城の混乱の中、だしの命を受けた乳母が勝千代を抱きかかえ、決死の脱出に成功しました。追手を逃れて京都の本願寺門徒や親族のもとへ身を隠し、母方の姓である「岩佐」を名乗ることで信長の捜査網を潜り抜けたのです。成長した勝千代は絵師としての才能を開花させ、繊細な大和絵の技法と劇的な武者絵を融合させた独特の画風を確立。「舟木本洛中洛外図屏風」や「山中常盤物語絵巻」などの傑作を残し、後世には「浮世絵の開祖」として名を残すことになります。

又兵衛の遺した絵巻物に散見される鮮烈な流血描写や人間の業の深さは、自らが生き残った一族虐殺の記憶と、母・だしの悲劇に対する無言の鎮魂歌であったと美術史家によって指摘されています。

James H. Sterling
Author

James H. Sterling

James Sterling reports on renewable energy developments, climate policy, ecological conservation, and green tech innovations around the globe.