疑惑に終止符が打たれたのは、彼の死という最も痛ましい形においてでした。2009年6月25日の急逝後、ロサンゼルス郡検視局が執り行った司法解剖結果は、公文書として全世界に公開されました。
担当検視官クリストファー・ロジャース医師による詳細な解剖記録には、マイケルの胸部、腹部、顔面、腕に顕著なメラニン色素の脱失病変が存在することが明記され、死因究明のプロセスにおいて尋常性白斑の確定診断が公式に記録されました。彼が長年主張していた病状は、まぎれもない医学的事実だったのです。
晩年の彼が徹底していたメイクアップ・日焼け対策, 外出時の日傘、長袖の衣服、サングラス、つばの広い帽子、そして黒いマスク, は、奇行として揶揄される対象ではありませんでした。メラニン色素という天然の紫外線フィルターを完全に失った肌にとって、直射日光は短時間で重度の火傷や皮膚癌を引き起こす生命の危機そのものでした。ステージ用の厚塗りメイクも、美観の追求以上に、紫外線と強力な照明から壊れやすい皮膚を物理的に遮断するための防護服としての役割を果たしていたのです。