AO3の誕生は、商業プラットフォームに対する痛切な不信感に根ざしています。
2000年代中盤、海外ファンダムの主戦場は「LiveJournal」などのブログサービスでした。しかし、運営企業の買収や広告主への配慮を理由に、同性愛描写や過激なフィクションを掲載するアカウントが一斉に凍結される事件(いわゆる「Strikethrough」事案)が勃発しました。作品はある日突然、事前の警告もなくサーバーから抹消されたのです。
自分たちの情熱と創作物が、私企業の規約改定一つで消し去られる脆弱性に危機感を抱いた作家のナオミ・ノヴィク(Naomi Novik)らは、2007年にひとつの声明を発表しました。「私たち自身の手による、独自のアーカイブを構築しよう」。この構想は、親組織であるOTW(Organization for Transformative Works / 変容的著作物協会)の設立へと結実し、2009年にAO3のオープンベータ版が稼働を開始しました。