久保田一竹美術館は、順風満帆な歴史だけを歩んできたわけではありません。2003年の一竹の逝去後、美術館は深刻な財政難に直面し、一時はコレクションの散逸と閉館の危機に瀕しました。しかし、その芸術的価値を評価した国際的な支援によって奇跡的な再生を果たします。
| 年代 | 主な出来事 | 文化的・運営的影響 |
|---|---|---|
| 1994年 | 河口湖畔に美術館が開館 | 連作『光響』をはじめとする「一竹辻が花」の恒久展示拠点が誕生。 |
| 2003年 | 久保田一竹逝去(享年85) | 創業者を失い、入館者数の減少と維持管理費の増大で経営が徐々に悪化。 |
| 2009年 | ミシュラン・グリーンガイドで3つ星獲得 | インバウンド旅行者からの評価が急上昇し、国際的知名度が定着。 |
| 2011, 2012年 | 破産危機と財団による救済 | 国際慈善家パトフ・ショディエフ(ショディエフ財団)が一括取得し散逸を阻止。 |
| 2013, 2026年 | 世界巡回展の展開と安定運営 | ロシア、欧州、北米での巡回展を経て、日本の染織文化の至宝として評価が確立。 |
作品群が一括して保護されたことで、連作として並ぶことで初めて真価を発揮する一竹辻が花の完全性が保たれました。現在も収蔵作品は厳密な温湿度管理のもとで定期的に展示替えが行われ、常に最高のコンディションで一般公開されています。