からし菜の葉そのものには、もともと刺激的な辛味物質は存在しません。葉の細胞内には配糖体である「シニグリン」が蓄えられ、別の細胞小器官には加水分解酵素「ミロシナーゼ」が隔離された状態で眠っています。調理によって細胞壁が破壊された瞬間、この両者が混ざり合い、加水分解反応を起こして「アリルイソチオシアネート(からし油)」が合成されます。これこそが、わさびや和からしと同様に鼻腔を直撃するツンとした清涼感のある刺激の正体です。
家庭調理で最も頻発するミスは、グラグラと沸騰した鍋で1分以上茹で上げてしまう行為です。酵素ミロシナーゼはタンパク質であるため、90℃以上の高温に長時間晒されると一瞬で熱変性して失活します。失活してしまえば、いくらシニグリンが残っていようと辛味物質へと変換されることはありません。結果として残るのは、ポリフェノール類や硝酸態窒素に由来する鈍い苦味とえぐみだけになってしまうのです。
逆に、完全に生のまま放置しても細胞組織の崩壊が不十分で酵素反応は鈍く、葉の表面から辛味揮発成分が空気中へ逃げていきます。最高峰の刺激を引き出す至適条件は、約80〜85℃の湯温で5〜10秒間の湯通しを行い、細胞膜の半透過性を高めて酵素反応を劇的にブーストさせることにあります。